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by bunkosha

猛者列伝より 6

初優勝 PLAYBACK1975.10.15 ― 広島東洋カープがもっとも燃えた日。

堀 治喜 / プレジデント社

 
カープ初優勝戦士 その6 渡辺弘基投手
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もっとも熱かったシーズンに光った左腕

「おいしいとこ取り」
こういっては渡辺弘基に失礼だろうか。しかし、いいとこどりに変わりはない。

渡辺は通算で8勝(カープに在籍した5年間で7勝)しかしていないピッチャーなのだ。にもかかわらずファンの脳裏に渡辺の投球シーンはこびりついて離れない。

それはとりもなおさず、昭和50年、あの初優勝のシーズンの微熱の中で執拗に顔を出していたピッチャーだったからにほかならない。

渡辺は昭和47年、ドラフト1位で阪急に入団した。指名順位1位でわかるように、社会人ではかなり実績があった。
しかし阪急時代の2年間に40試合に登板して1勝しているにすぎない。

ところが昭和50年にカープに移籍してくると、別人のように安定したピッチングを見せるようになる。
ゆったりとしたフォームのサウスポーからキレのいいストレートと、大きく割れるカーブをコンビネーションよく投げ込み、渡辺はしだいに首脳陣の信頼を得ていった。

チームが快進撃をはじめた球宴後に、渡辺の八面六臂の活躍もはじまる。というよりも、渡辺の獅子奮迅の活躍でカープの快進撃がはじまったというべきか。

全試合ベンチ入りしブルペンで準備している渡辺に、毎試合のようにピンチになるとお呼びがかかる。
 「ピッチャー、わたなべ」
あのシーズン、この声を何遍聞いたことだろう。そのうち渡辺はじぶんでじぶんの出番がわかるほどだったという。

特筆にあたいするのが8月19日の阪神戦からの4連投と、それにつづく27日からの5連投。
まず阪神戦でアルトマンのワン・ポイントに使われ二塁ゴロにさばき、翌日は3イニング、つづく21日は5イニングをぴしゃりと抑えるなど、ほとんどでずっぱりで窮地を救い、3勝3敗1セーブの数字以上の働きで初優勝に貢献した。

「渡辺こそ陰のMVPだ」
古葉監督をしてそういわしめたほど、それは神懸かりの活躍だった。

渡辺の選手生活は、カープ初優勝のためだけにあったといっても過言ではないだろう。
そして「おいしいとこ取り」の野球人生でもあった。

カープ猛者列伝 私家版

堀 治喜 / 文工舎


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by bunkosha | 2016-04-16 12:08 | カープ猛者列伝